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Flower of a word

フリーターのち専門学生のちぐうたら社会人の受難

2024'05.02.Thu
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2013'02.03.Sun
1月17日の鴻巣で開催されたきんこんの会について。
この会に参加したことが、また一つの転機です。
絶対にかいておかなきゃならんと思います。


国学院大学の柴田保之先生は、障害児教育を研究されています。
ふだん、障害のあるお子さんと接していて、うまくはなせない方々の言葉を、独自の方法で引き出しています。

そして月一回、神奈川の国学院大学で「きんこんの会」※きんこんとは、鐘を鳴らすイメージだそうだ
といって、障害を持つ方々の交流会を開催されているそうです。


その交流会が、1月17日、埼玉の実家の近くで開催になったと、お知らせがありました。※お知らせして頂いた方々のことについて、また書きます
私は国学院まで行く気だったんだが、たまたま実家に近いところで開催ということで、そちらに参加することにしました。


柴田先生の”独自の方法”というのは、話には聞いていても、にわかには信じがたい方法でした。
もちろん信じていないわけではなかったけども、私も会場に着くまで半信半疑ではありました。。



そして一人会場に到着。若干緊張。
まずはCO906さんのコンサートがありました。
その後、障害のある方々がサークル状になって、柴田先生を囲んで語り始めました。
人々の障害は様々で、自閉症、ダウン症、先天的な発達障害、事故での障害など。
多くは、20歳前のお子さんたちでした。

先生は通訳を始める前、「これは魔法ではありません。何年もの訓練によって、異様に早くなってしまったんです」と説明をされていました。
その方法というのが、基本はあかさたなスキャンです。自分の言いたいことの頭文字を、あかさたな…で合図、その後それぞれの行でまた合図。
例えば、「こんにちは」と言いたければ、あ・かで合図、かきくけこで合図、その繰り返し。
(※ちなみに先生が来る前、一応妹ちゃんとやってみようとしたのですが、何が合図が私にはまったく分からず。。凹んだ)

先生は以前から、人々のどこか体が動く場所を使い、機械でその合図をキャッチ、文章化されてたのだそうです。が、ある日、機械が無いとき、手を振ってもらったり、いろいろとしているうちに、人間は様々な合図を発していることが分かったそう。

先生は今、人々の体のどこかに触れるだけで、その合図をキャッチできるようになってしまったそうです。
また長い経験により、か行ならこんにちは、わ行なら私は…など、携帯で言う予測変換が膨大になり、半分以上は予測で成り立つようになったと言ってました。違っていれば、細かく読み取って、言い直していました。


そんな先生の、同時通訳は始まりました。


先生が彼らの体に触れる度に、流れるように言葉が溢れ出てきていました。

それからは、もうとにかく衝撃の連続です。
衝撃を箇条書きにすると

・小さなお子さんであっても、大人もびっくりするような言葉を持っていること
※ダウン症、自閉症、みんなみんな。
・みんな多くの悲しみを抱えていること
・偏見や差別を、早い時期から分かり、悲しみながらも、それを受け入れようとしていること
・表現が苦手なために、頭の中でだけ詩を作ったり、言葉を練っていたこと
・ダウン症の人は自閉症の人の感情が良くわかり、自閉症の人はダウン症の人にいつも助けられているということ
・IQ診断は無意味であること
・心理学者や医者がいかに分かってくれないかということ

普段、ダウン症や自閉症、そういった障害を持つ人々に触れる機会がないため、彼らの考えていることに愕然としました。
また近年騒がれている出生前診断について、小学生くらいのダウン症の男の子が、とても悲しいと言っていたことが印象的でした。人間の堕落を感じると。
”堕落”という言葉を先生は慎重に読み取っていました。

人の気持ちや自然のこと、そういったこと考えず、発展することばかりに気を取られている人間たちが、いかに堕落しているかということ。そういう人間が、明らかに地球をダメにしていっていることは、考えれば誰でも分かることです。悲しいことだがそういう私だって、その人間の一人です。


はっきり言いますが、弟と同じ年頃のダウン症男の子でも、遥かに多くの悲しみを経験し、遥かにたくさんのことに興味をもち、遥かに人生に対して覚悟が出来ていました。

また、障害によってまったく言葉を発せない子(寝たきり、呼吸器を持参していました)だけでなく、少し言葉話せる子たちもいて、先生によって考えた言葉がすらすらと出てくることについて、あとで自分が証明できると言っていました。(実際「あってた」とぽつりと言ってました)

ある9歳くらいの女の子は、「当たり前」という言葉を聞くと、すぐに「当たり前じゃない」とセットになり、少し苦しくなるのだと言ってました。大好きな言葉だけども、苦しいのだと言ってました。
その女の子の通訳をしながら、柴田先生も涙を流していました。

また、皆さん、自分が言いたいことをひたすら言うのでなく、「次の人がまっているから」「先生も時間の関係があるだろうから」といって、必ず自分から終息させていました。5歳くらいのお子さんでもです。なんてこったと思ったよ。。



3時間ほどの会の間、会場の熱気や涙で少し頭痛がしていましたが、休み休み、最後まで聞きました。
動画をたくさん取って、最後容量がなくなってしまいました。。




先生に会の後、妹の病院に来て頂けるかどうかお願いしたくて、少し待ってたんですが、何せひっぱりだこで、一緒にいらした「ななえ先生」という女性にお話をしたんです。
こういう方に紹介して頂きました、脳炎の妹がいます。来て頂けないかと思っています。
すると「近いし、大丈夫だと思いますよ」と優しい笑顔で、連絡先、妹の状態、病院の名前を聞いてメモをしてくれました。近いうちにメールするとのことでした。
ドキドキし、一応、また自分でも手紙を書いて、先生に渡してもらうようお願いして、会場を後にしました。


そしたらその「ななえ先生」、柴田先生の奥さんだったんです。
3日後くらい、私からメールをしようと思っていたら、先生からメールが届きました。
家内から話を聞きました、伺えると思うのですが、ご家族は何時までいらっしゃいますか、とのことで、急いで返信しました。
朝8時から夜9時まで、毎日います。いつでも大丈夫です。
いろいろとお伝えしたいことはあったのだけども、とにかく簡潔に送りました。
次に、2月2日、家内と一緒に行きます。とのメールが入り、2月2日、病室に来てくれたのでした。

それが、次の日記、「筆談が出来るようになりました」です。

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プロフィール
HN:
ハコベ スズナ
年齢:
36
HP:
性別:
女性
誕生日:
1987/07/21
職業:
DTPオペレーター
趣味:
歌・絵
自己紹介:
健康オタク。でもややヘタレ。

基本一人でいるのが好きだが、みんなで盛り上がるのは好きだ。

高校では
漫研、美術部、フォークソング部、ゴスペル部に所属。青春時代。

某大学に合格するも、1年半で自主退学。

1年間のフリーターのち、
好きだった絵の専門学校に行ってみた。
第二の青春を謳歌。

印刷会社で2年デザインの仕事をする。


社会人2年目、大好きな妹がアメリカで脳炎にかかる。
1年間のアメリカでの入院生活、仕事を辞めて自分も渡米、2012年、一緒に帰国。

現在、日本で療養中。介護生活の始まり。

そして2015年春から、看護学生。
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